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京都三千院を訪ねる。「わらべ地蔵」に心が洗われる。  [文化想造塾<社寺>]

スマホに保存している写真を整理していると、私に語りかけるかのようなお地蔵さんの写真がいくつか目に留まった。以前、伊勢神社へ参拝した帰りに京都へ立ち寄ったときに撮影したもの。もうかなり前のことである。

その時に、京都三千院を訪ねたのが、かれこれ40年ぶりだったと記憶している。学生時代に、冬景色を楽しむために何度か訪ねたことがある。京都駅からバスで約1時間。大原の里は、京都市左京区北東部の比叡山西麓に位置する小さな盆地で、芝漬けなどの野菜作りが盛んな地である。

その大原の里にある有名なお寺「三千院」を訪ねた。時はかなり経過していたが、正門やその周辺の風景はいまも変わってないので、当時の記憶がよみがえってくる。境内を歩いていると苔むす庭に「わらべ地蔵」の微笑んでいる石像があった。なんとも愛くるしい笑顔とポーズ。腹ばいになっている姿や、手を合わせている姿に、こちらもついつい手を合わせたくなる。穏やかな表情に心が洗われるようだった。

写真をみながら、その当時をほんの少し思いおこし楽しむのもいいものである。

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自然のままは、美しい。無限の想像力を生みだす。 【一茶庵 稽古追想】  [文化想造塾<易社/煎茶>]

白居易(はくいきょう/白楽天)の代表的な詩である「晩秋閑居(ばんしゅうかんきょ)」は、よく煎茶席にかけられる。それは、この時期の夜長にぴったりな抒情詩といえるからだろう。

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数年前、秋の夜長に雁が音を味わいながら、自然のなすがままの美しさを漢詩や短歌を通し想像をふくらませ楽しんだことがある。それが「晩秋閑居」という詩である。

地僻門深少送迎
披衣閑坐養幽情
秋庭不掃攜藤杖
閑蹋梧桐黄葉行

ある僻地の奥まった佇まいには客の出入りが少ない
衣を羽織ってゆったりと坐り静かに心を養う
秋の庭は掃除もせず藤の杖を手に
のどかに桐の落ち葉を踏んでゆく

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白楽天のこの「晩秋閑居」は、秋草や落ち葉でいっぱいの庭も晩秋の野辺のように美しいものである。ということを表している。
それを踏まえてか、平安時代に詠まれた短歌がある。
珍しく煎茶稽古に短歌のお軸が掛かっていた。
詠んでゆくと、白楽天の漢詩に通じるものだった。晩秋の庭は、掃除をしない方が自然のままで美しいのだという内容の短歌である。

わが屋とも
くさ野かぎ里は
はなさきぬ
秋ふかくな留
野べにならひて

この短歌の題は「草花」。この歌には変体仮名が随所に使われている。平安時代に詠んだ人の感覚感性で漢字が使われているが、漢字として役割をもち、そして漢字として読むのは「秋」のみということになる。この手法も実に楽しい。表現力や想像力を存分に発揮できるような気がする。

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南禅寺三門の上層五鳳楼の内陣の魅力を堪能 [文化想造塾<社寺>]

南禅寺は若いときから幾度となく訪れた、大好きな寺院である。広大な境内に禅宗七堂伽藍が東西に並んでいる。臨済宗の寺院において、京都五山の中では別格という特別な寺格の有する寺院。その玄関にあたる山門(三門)は、日本三大門の一つに数えられている。

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三門とは、仏道修行で悟りに至るために透過しなければならない三つの関門を表すといわれている。「空」、「無相」、「無作(むさ)」の三解脱門(さんげだつもん)と称した呼称である。山門ともいわれ寺院を代表する正門であり、禅宗七堂伽藍(山門、仏殿、法堂、僧堂、庫裏、東司、浴室)の中の一つである。南禅寺の三門は別名「天下竜門」とも呼ばれ、上層の楼を五鳳楼と呼ばれている。
現在の三門は1628年に再建されたものであり、禅宗様式独特の圧倒的な量感と列柱群が力強さを示している。

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今回は、兎にも角にもこの三門の上層の五鳳楼に上がることのみを目的に訪ねた。いままでに上ったことがなかったので、この機会にと。内陣の本尊(宝冠釈迦座像)や十六羅漢像や脇侍の仏像を観ることに加え、狩野探幽、土佐徳悦の筆とされる、柱や天井一面に描かれている極彩色の図画をゆるりと拝見することができた。内陣には入れなく、小窓から覗き見ながらではあるが堪能した。
また、上層の楼から360度の景色は圧巻だった。西南には木々を越えて霞む京の街を臨んだ。

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神戸天満神社の舞台から望む天と地。 The heavens and the earth seen from the stage of Kobe Tenman Shrine. [歴史遺産]

京都の北野天満宮はご承知のとおり、菅原道真公をご祭神をお祀りする全国約1万2000社の天満宮、天神社の総本社。その一つに神戸北野天満神社がある。総本社から道真公の神霊を勧請し祀つられている。
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久々に神戸・北野界隈を少し歩いた。神戸の代表的な観光スポットで有名な北野坂は、衆知のとおり数々の異人館がある。その中に、寛保二年(1724年)に建立され、それ以来神戸の街や港を見守り続けている北野天満神社がある。
北野天満神社には、本殿の前に拝殿としての舞台がある。天神様に舞の奉納や、神事などをする場所として荘厳さを醸し出している。
本殿に拝礼し振り向くと拝殿の舞台。その舞台の間からは,天と地が臨める。地には神戸の街が広がっている。
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謡本も、当時の形体のままで継承されている。【能楽<謡>】  The utai book is also inherited in its original form. [伝統芸能]

能楽は、舞・謡・囃子の三要素から成り立っている古典芸能である。いま風に言うなら、舞は演技・ダンス、謡はセリフ、囃子は伴奏・効果音ということになろう。いまの時代に合わせ分かりやすく表現すると、能楽関係者から、それは「違う」とお叱りをいただくかもしれない。舞は「舞」、謡は「謡」、囃子は「囃子」という言葉も財産として継承されているものの一つと言われるだろうが・・・。

その中で「謡」は、能の声楽にあたる部分で、演じるストーリーの台本ということになる。謡は登場人物の台詞と地謡(じうたい)とよばれるバックコーラス部分を含めた、能において言語で表現される部分の総称といえる。能の場合にはこれに特殊な台詞回しや節が付けられている。それにより能独特の雰囲気がつくられる。
演能の時だけではなく、囃子なしで単独でうたうのを素謡(すうたい)という。いまはそれだけを稽古されている方たちも多いと聞く。声をお腹から出す、この練習が健康に良いというのが理由のようである。

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写真にあるのが観世流に継承されている謡本の種類の一つである。見てのとおり、いまでも特漉(とくすき)半紙判の伝統的和綴製本で表紙が金千鳥である。各曲に作者をはじめ構想、資材、曲趣、解説、装束、そして演出等々が記されている。この謡本にしても、昔からの形体を崩さず受け継がれている。

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大谷本廟参り。 [雑感]

今日は久しぶりに京都に行ってきた。
昨日までの連休は観光客も多かったようであるが、今日は人出もまばら。

お彼岸のお参りに、東山五条にある大谷本廟を訪ねた。
両親のお骨を分骨し、この本廟に納骨させていただいているので、何十年ぶりの本廟参り。

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紀元前の「蘭」物語。【一茶庵 稽古追想】 The "orchid" story of BC. [煎茶文化塾「易社」]

中国では花を君子と呼ぶことがある。昔から四君子と呼ばれる花がある。「蘭」「菊」「梅」「竹」。この4つの花を文人・詩人に例えて表現する場合もある。
蘭は「屈原(くつげん)」、菊は「陶淵明(とうえんめい)」、梅は「林和靖(りんわせい)」、竹は「蘇東坡(そとうば)」と言われている。それぞれ中国の歴史上有名な詩人である。

その中で、煎茶稽古のお題は、お軸にあるように蘭について。それは、つまり紀元前の戦国時代の楚の政治家で詩人の「屈原」の話につながる。
屈原といえば「離騒(りそう)」が代表作である。この詩は、中国の戦国時代の楚地方で謡われ「楚辞(そじ)」という様式を代表する有名な詩である。南方の「楚辞」に対して北方は「詩経(しきょう)」といわれ、共に中国の後代の漢詩の源流になったとされるものである。

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楚辞の代表的な長編詩である離騒では、屈原がありもしない事をねじ曲げられて追放され、失意のあまり投身を決意するまでの心境を夢幻的に謡った詩である。その一節に下記のくだりがある。

朝飮木蘭之墜露兮 夕餐秋菊之落英。
苟余情其信以練要兮 長頷亦何傷。

「朝に木蘭から落ちる露を飲み、夕べには香しい秋菊の花びらを食事としてとる」という訳になる。「私は、ただ主上と国の為に仕えて来たし、ただ国を守りたいがために身も心も高潔に修養を積んだのにどうして分かってくれないのか」という心情を表した意味である。

屈原は、心情を表現する場合「蘭」や「菊」等の花で描写することがよくある。とくに「蘭」は精神性の高い高貴な花として頻繁に詩に登場している。紀元前の話がいまも脈々とつながっている。
いまも蘭がお祝いなどに贈られ花としては多い。屈原のこの「離騒」からの名残であろう。

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能装束一枚一枚が大きな存在として身に重なる。【能楽 装束】 Each Noh costume is a big presence. [伝統芸能]

日本の伝統文化・芸能を「YouTube」で紹介する事業がスタートした。
国内はもちろんだが、海外にも「日本の伝統(Nipon no Dento)」を動画で発信していく企画である。その第一弾が「能楽」。日本の最古の演劇といわれる伝統芸能「能」を、観世流シテ方 林本大氏のご協力で撮影取材をしている。

先日の取材テーマが「装束(しょうぞく)」。今回、筆者が装束を実際に着させていただき、視聴者にわかりやすく理解していただくための実演だった。
装束は女武者「巴(ともえ)御前」のものである。巴御前は、木曽義仲の愛妾で、女の身ゆえ義仲の最期を共にできなかったという恨みに、衣装(甲冑)を着て長刀をたずさえ、義仲との思い出を語るシーンの装束である。

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その装束を舞台の上で着せていただいたわけである。本来なら着付け方は2名で行うのだが、今回は林本氏お一人でしていただいた。
写真を見ていただいてのとおり、能装束のなかで、巴御前のように女性の役柄に用いる装束は、とくに繊細で美しい。代表的なものには、金糸・銀糸・色糸をふんだんに使い立体的な模様を織り出す「唐織」や、刺繍と金銀の箔を摺ることで模様を出す「縫箔」である。
装束をつけていくごとに身が締められていく。大きな存在のものを一つひとつ身に付けていくことで、すべての思いや気迫が積み重なっていく。プロの演者の方たちは、その瞬間から役柄の人物になっていくのが、なんとなくではあるが感じることができた実演だった。

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“国生み神話”の舞台である「おのころ島神社」。 [歴史遺産]

「国生み神話」で語られる淡路島。古事記・日本書記でもその神話の舞台が淡路島と記されている。その発祥の地が、以前紹介した淡路市にある「伊弉諾神宮」ではあるが、古事記・日本書記によると、伊弉諾命・伊弉冉命の国生みの神話の聖地と伝えられる丘がある。その丘が「おのころ島」とよばれ崇敬されている。その一角にあるのが「自凝島神社(おのころ島神社)」である。
神代の昔、国土創世の時、二神は天の浮橋にお立ちになり、天の沼矛(あめのぬぼこ/槍や薙刀の前身である長柄武器)を持って海原をかき回し、その矛先より滴る潮が “おのずと凝り固まって島” となったのが自凝島である、という神話が伝わっている。
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ご縁があって、先日参拝する機会を得た。時間があまりなかったのでじっくり散策はできなかったものの、存在感のある大鳥居を潜り、正殿に拝礼させていただいた。
大鳥居のすぐ脇に大きな松の木がある。なかなかお目にかかることのない松である。まず目に留まったのが大きな松ぼっくり。そして松葉。看板には「三鈷の松」と表記されていた。聞いたことも見たこともない松である。調べてみると、法具の三鈷杵の先が三つに分かれている。その形にちなんで「三鈷の松」と名付けられた、とのことのようである。
三鈷松とは松の葉が三葉ある。日本では珍しい樹種らしい。松の葉は、通常二葉か五葉である。日本のクロマツ、アカマツは二葉で、五葉松は字のごとく五葉である。では、この三鈷松の三葉は大王松と呼ばれる種類なのだろう。

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いま淡路島は注目を集めている。都心から移住者も増えつつある。山、海、そして瀬戸内の過ごしやすい気候風土が大きな魅力となっている。それに15年前にすべての地域で市制がひかれ行政環境も整ってきた。官民による新しい施設が随所に展開され、日本でも有数な創造の地(島)として生まれ変わろうとしている。そんな中に、国生みの神話をもつ島としての存在感がさらに大きくなっていくような思いを改めて感じた。

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「能面」は、秘められた精神性の高い表現技法の一つ。 [文化遺産]

能楽は、日本最古の芸能として、幽玄美を現代に伝える貴重な芸能文化である。その能楽になくてはならないものが「能面」である。秘められた精神性の表現技法として伝承されている。
その美しさの中に「悲哀と微笑」、「悲哀と怒り」などいろんな表情をもち、日本人の精神的水準、美意識の高さを感じさせる貴重な道具として使われている。
その種類として主に翁系 女系 男系 尉(じょう)系 怨霊系 心霊系などがあげられる。例えば、女系では、子供や若い女性をはじめ、母、老婆、そして哀しみと怒りをもつ般若面などがある。また男系では、老人の面を「尉(じょう)」と呼び、そして、顔をしかめ相手を威嚇する恐ろしい形相の面を顰(しかめ)という。

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いろんな表情をもつ能面をつけ、その役を演じる。同じ面でも、哀しい表情、微笑ましい表情をつくるのも能楽師の微妙な動作で変わってくる。

日本の伝統芸能「能楽」の奥深さの中に神秘性、神格性を感じる。「能面」は、その役割を果たす大きな力になっているのは間違いない。その他にも、舞や謡(うたい)、そして装束や囃子などへの興味も膨らんでいく。

https://youtu.be/pqBlZCtkytE
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